あかがねのものがたり


む〜かしむかし、そのまたむか〜し…

まだ永都(えと)のみやこが

鉄と石に覆われていたころのおはなし…


都の果ての小さな村に

‘あかがね’

という一人の若者がおりました。


あかがねは3人兄弟の末の弟で、

あかがねたちの父親は

それはそれは頭の良い男でした。


その父親はそれはそれは頭が良すぎて

逆に頭が悪いくらいでしたが、

ともかく頭が良かったので、

あるむずかし〜ぃことを考えておりました。



そのある難し〜ぃことというのは、

「どうしたら永都(えと)のみやこを

かつてのように人々が行き交って、

誰もが住み易い水の都へと

戻すことができるのか?」

ということでした。


これはこれは、たいそう頭の痛くなることで、

その頃の荒れ果てた永都のみやこでは

誰もが苦しい思いをしながら

その日その日を暮らしていたのでした。



その頃のみやこは、

まん中を大きな河がまっぷたつに裂き、

一荒れすると人々が住む場所を

あっという間に洗い流してしまったのでした…


「河が氾濫して家や田畑が

飲み込まれてしまわないか…」

と、みやこの誰もが

怯えながら暮らしておりました。



ある日のこと、

あかがねたちの父親は

三人の我が子を呼んでこう言いました。

「よいか、恩前たち…!

恩前たちには、この父から

直々に頼みたいことがある…!

その頼みというのは、

この荒れ果てた永遠のみやこを

かつてのような美しい水のみやこに戻すため、

恩前たち3人の力も

この父に貸して欲しいということなのじゃ…!」


そう父親に頼まれると、

真っ先に上の兄の

‘きごころ’はこう言いました。

「わかりました、お父上!

まずは私めが、人々の体を覆う物でも作り、

皆が鉄と石ころの上でも、

辛い思いをしなくてすむように致しましょう!」


すると、今度は下の兄の‘あおぶえ’が

「わかりました、お父上…!

私めはこの美しい笛の音色で、

人々が都での暮らしを楽しめるように

笛を吹き、皆を元気づけようかと存じます…!」

と言いました。


最後に、末の弟のあかがねは、

「そうですか!

兄上たちが何かなされるのであれば、

私めに出番はありますまい!

それなら私めは思い切って、

この荒々しい河の流れを

見事変えてみせることに致しましょうぞ!!」

と言うやいなや、

家を飛び出していってしまいました。


あかがねの父親は、

あかがねの頭が良くもなく、

べつだんに取り柄がないことも

よく知っておりましたので、

あかがねに何かできるとは

とんと思いもよりませんでした…



さて、父おやの頼みを聞くや否や

家を飛び出して不動山の麓にある

河の源へと向かったあかがねは、

二、三日して、今度はぶらぶらと

家へ戻って参りました。


さすがにそのことを見かねた父親は、

あかがねに、こう尋ねました。


「恩前は何ゆえ勇ましく家を飛び出し、

その後にはのんべんだらりと

家へと戻って参ったのじゃ…?

もし、恩前が恩前の言うやうに、

大きな河の流れを

自らの手で変えようと思うのであれば、

お前は直ぐにでも、

河の流れに飛び込んで、

何かをすべきではないのかの…?」


すると、それを聞いたあかがねは、

「…いえいえ、お父上。

もし、私めがあの大きな河の流れに飛び込めば、

今直ぐにでも流されて

川下で朽ち果てるのが関の山でしょう!」

と言い返しました。


そして、その後には、

自分の家に引きこってしまったのでした。


そんなあかがねに呆れはてた父親は、

それ以上は何も言わず、

二人の兄たちに期待することにしました。



それから月日は流れ、みやこの人々は

少しづつ元気になっておりました。


それはあかがねの上の兄である、

優しい心を持った‘きごころ’と

それはそれはたいそう美しい

真っ青な笛を吹いてまわる、

‘あおぶえ’が都の人々を楽しませ、

元気づけたからなのでした。


そして、その2人を慕って集まる者たちも

いつしか自分たちで衣服を作り、

おはやしを奏でて

他の人たちを楽しませるようになりました。


ですが、あかがねだけは、

いつまで経っても家へと引きこもり、

ひたすらに小さな石ころや鉄くずを削りながら、

たまに外へと出では、

それを人々に配るだけなのでした。


あかがねはその際には、

家の近くの川べりに座り込んで、

大きな河の横に小さな溝を掘ると、

何か満足したように

また家へと戻ってしまうのでした。



その頃は、永都のみやこを

真っ二つに裂いていた大きな河は、

‘ばんどうだゆうのおおあらかわ’

と呼ばれていたのですが、

一度暴れ出すと、

あっという間にみやこの建物を押し流し、

川下から海へと押し出すほどの

たいそうな暴れものでした。


その大きな河の上流で、

一人あかがねは、川の側に溝のような

小さな小川を掘り続け、

その合間に飾りや小物を作っては配り、

作っては配りしておりました。


ですが、大きな河の猛威は一向に収まらず、

それどころか河の流れは、ますます激しく、

みやこの人々の暮らしを苦しめ、

ときには大きな大きな岩すらも押し流して、


…ごろんごろん!

…ごろがっしゃん!!


と、荒れ狂う始末だったのでした…


根っから明るいのあかがねも

さすがに感心したように、

「これはとんでもない河の流れだ…!

とても私一人では、父上が申されたように

『永都を美しい水のみやこに戻す』

というのは夢のまた夢のようだ!

はははっ!!

これは心同じくする

他の人の手も借りねばならぬわい!!」

と思うようになりました。



そこであかがねは、

自分が作り続けてきた小さな細工や飾り、

それを作る道具を掻き集めて、

出会う者、出会う者に、こう言って回りました。

「わたくしめはこれから、

みごとこの大きな河の流れを

変えてみせようと思う!

そのためには、皆のお力が必要じゃ!!

我こそは!と思うものがあれば

ぜひ私のところまできてほしい!」


しかし、始めは誰もあかがねを手伝おうとは

しませんでした。


あかがねは人の力を借りるためには、

まず自分がたくさんの良いことを

しなければならないと思い直し、

「…よし!それならば、まずは、

皆が私に力を貸してくれるまで、

千の良いことをしよう!」

と決め、それまでに作った細工や品物を

全て人に配って回りました。



そんなあかがねにも、

それはそれは心根の優しい

立派なつがいがおりました。


あかがねは困ったことがあると直ぐに、

そのつがいへと相談をし、

その考えを良く聞いて、

物事を決めるようにしておりました。


あかがねは自分の頭が良くもないことを

じゅうぶん承知しておりましたので、

頭が良くも悪くもないなりに、

知恵を借りることが大切だ、

と思っていたのでした。


ですから、賢いつがいの話に

熱心に耳を傾け、

その知恵を借りながら事に当たり、

自分一人で考えた答えよりも

良い答えを捜し回っていたのでした。


「私の頭は、お父上と違い、

大して良くもない。

しかし、それだけに、

つがいとなる相手の言葉にもよく耳を傾け、

人々の話すこともよく聴けば、

自ずとそこから良い行いを学べて、

悪い行いは真似せずにすむだろう。

まあ、なんとでもなるさ!

あっはっはっはっ!!」


根っから明るいあかがねは、

そう考えていたのですが、

「きっといつの日か、

荒れ果てた永都のみやこも

元の美しい水の都に

戻すことが出来るに違いない!

あは!あは!あはははは!!」

と、一人大声で笑い出すので、

周りの者は気味悪がって、

あかがねには近寄らずにおりました。


しかし、あかがねはその思いから、

出会う人出会う人を大切にもてなし、

心をくだいて接することを心がけておりました。



すると、そのあかがねの楽しそうな姿を見て、

いつの間にやらだんだんと、

その周りに人々が集まり、

ついにはあかがねが

繰り返し繰り返し言い続ける、

「私たちを苦しめている

この大きな河の流れも、

いずれは必ず変えることが出来る!

まずはそのために河の流れの小さな上流で、

幾つもの小さな川を掘り、

その小さな川に大きな河からの水を引き込み、

荒れ狂う河の流れを変えるのじゃ!

さすれば、この荒くれ者など、

あっという間に一網打尽であるぞ!!

…あは!あは!!あはははは!!!!」

という大きな声に耳を傾けるようになり、

少しづつ少しづつ、大きな河の上流に、

小さな小さな川が、いくつもいくつも

掘られていったのでした。


いつしか、あかがねの家の近くには

人々が住み着き、

そこには小さな邑が出来ておりました。


そこであかがねは、

邑の一角に小さな庵を立てて、

そのひさしと屋根を大きく張り出して、

誰もが入ることができるようにしたのでした。



それから歳月は流れ、

あかがねの建てた庵の近くには

豊な水の流れが戻って来るようになり、

その澄んだ川の流れが

人々の生活を潤し、

川下に暮らす人々の暮らしを

おびやかす大きな河の流れも、

緩やかで恵み豊かな川へと

姿を変えておりました。


そのことに驚いた人々は

「いつの間にやら、あの荒々しかった

‘ばんどうだゆうのおおあらかわ’が、

豊かな恵みの穏やかな川へと

変わってしもうたのじゃろうか…」

と、首をひねっておりました。


そしてある日、

「いったい川の上流では、

何が起きているのだろうか…?」

と、上流の方へとぞろぞろと歩いていくと、

そこには毎日毎日、土を削って、泥を運び、

ふしくれだらけの手になった人々が

汗を拭き拭き、楽しげに暮らしていたのを

見つけたのでした。


川下の方から来た人々は、

よもやこの大きな河の上流で、

こんなに楽しそうに暮らすことができるとは、

まったく思いもしなかったので、

「あんたたちは何者かね…?

いったいここで、何をしておったのかね…?」

と尋ねるばかりでした。


 それを聞くとふしくれだらけの人々は

「なに、毎日を楽しく暮らすために、

こうやって泥を運んだり、土を削って、

小川を作って水を引いているんだよ!」

と笑って応えました。


川下から歩いてきた人々は、

「こんなに楽しそうに暮らせるのであれば、

どうしてもっと、わしらも小さな川作りを

早く始めなかったのか…!」

と悔み、自分たちも川の下手へと戻ると、

鉄くずをどかし始め、次には石ころを砕き、

かつての永都のみやこの暮らしを

一つ一つ取り戻して、

かつての住みやすい暮らしを

取り戻すようになったのでありました。



おしまい